荒野草途伸ルート >> 荒野草途伸独自小説 >>職業:義理姉;>>1話
5.
 
 休日。
 なんか知らないが勝手に家に上がり込んでいる奥倉さんを横目に、僕は自分でつけている「金のかからない生活ブログ」の更新にいそしんでいた。
 奥倉さんは、ノートパソコンを持ち込んでなにやら自分の仕事をしているようだ。職場か自分の家でやればいいのに、と思いつつも、なかなかそれは言い出せずにいた。いやまあ確かに、職場で仕事すると落ち着いて集中できないという人は結構いるし、かといって自宅はプライベート空間だから仕事は持ちたくないという理由もある。だから、お気に入りのカフェやファストフード店で仕事している人というのも、結構いる。
 だが。それが何故僕の家なんだ。うちはカフェじゃない。来てしまったから一応来客ということで紅茶を出しておいたが、それを口実にここはカフェなんだ自由空間なんだとか言われ出しても困る。
 やはりここは、一つびしっと言っておくべきだろうか。
 僕は椅子を回転させて奥倉さんの方を向き、そして言った。
「奥倉さん。ここはカフェじゃないです。」
「んなことわかってるわよ。」
 一蹴されてしまった。僕は次の言葉を考えるためにいったん椅子を元に戻し、パソコンの画面に目を落とす。そして、もう一度椅子を回転させる。
「奥倉さん。カフェじゃないなら、何で僕の部屋に来て紅茶飲みながら仕事してるんですか。」
「え? だって、紅茶はあなたが出してくれたんじゃない。飲んじゃだめだった?」
「いえ、飲んで結構です。」
 僕はもう一度、ちゃんとした言葉を考えるために椅子を戻した。そして再度、椅子を回転させた。
「紅茶は飲んでいただいて一向にかまいません。でも、何でここを仕事場にしてるんですか?」
「うん。征子に追い出されたから。」
「そうですか。じゃあ仕方ないですね。」
 僕は椅子を戻した。そしてすぐに、仕方ないわけあるかということに気づいた。
「下田さんに追い出されたって、そんなの理由になるわけ無いでしょう?」
「なんで?」
「なんでって・・・。」
 すぐには反論の言葉が思いつかなかった。あまりに論理が飛躍しすぎていて、まともに対応するのが非常に難しい。僕が黙り込んでしまうと、やれやれといった表情で奥倉さんの方から話し始めた。
「じゃあ、経緯を説明するとね。あたしは、自宅では絶対に仕事したくない性分なわけ。でも職場は原則土日出社禁止でね。いやまあ、上司の許可を得ればいい話なんだけど、その上司がもうウザイ奴で。できたら関わりたくないの。」
「まあ、ウザイ上司というのは無能な上司の次に嫌な奴ですからね。」
「だからあたしは、休日に仕事しなきゃいけないときは、征子の家でやってたの。でも今日は追い出されちゃって。」
「いやだから、何でそこで下田さんの家なんですか? 最近は電源の使えるカフェも多いですよ。」
「だってその方が落ち着くんだもの。」
「落ち着くからって・・・。そんなしょっちゅう、他人の家に上がり込んで仕事してたら迷惑じゃないですか。」
「いいのよ。征子の家は、家っていっても事務所兼用だし。生活スペースに上がり込んでるわけじゃないから。で、その事務所はいつだって閑古鳥状態だから、あたしが有効活用していたというわけ。」
「迷惑な話ですね。」
「シッツレーナ! 征子には了解済みよ。ただし、征子の仕事がないときに限って、という条件付きだったけどね。」
「ふうん・・・。なら、それについては僕がとやかく言う事じゃないですけど・・・。」
 と、そこでふと思い当たることがあった。
「と言うことは、今は下田さんは仕事中、ということですか?」
「そうよー。」
「何の?」
「あんた、おばかさん? それとも征子の仕事知らない?」
「おばかじゃないし、下田さんの本職も知ってます。でも、仕事の依頼がずっと無かったんじゃ。」
「だから。それが入っということよ。頭働かせなさい。大丈夫?」
「休日はオフなんですよ・・・。」
 そう言いつつ、僕は今言われたことの事実を理解しようと、頭の回転を早めだした。だが、よく考えるまでもなく奥倉さんの言うとおりだった。
「そっか・・・。仕事入ったんだ・・・。」
「まー、それは凄い喜びようだったわよ。で、忙しいから今日は出てってて言うから、あたしはどこに行けばいいのって訊いたら、行く場所無いなら英哉君のとこへでも行ってって言うから。」
「なんて事を言ってくれるんだ・・・。」
「まあ冗談だったと思うんだけど、あたしはそれを脳内で本気の言葉であると変換した。」
「勝手に変換しないでください。」
「だって実際ほかに行くとこなかったし。でも仕事はあるし。」
「だから、喫茶店とかほかに行くとこはいくらでもあるでしょう。それに他に友達いないんですか?」
「喫茶店は結構騒がしいし、落ち着けないの。友達ったって、おしゃべりしに行くならともかく仕事するためにそんな何時間も入り浸るわけにいかないでしょう?」
「僕のところはいいんですか!?」
「うん。」
「なんでですか。何その差別。あなたはいったい、僕のことをなんだと思ってるんですか?」
「うーん・・・弟?」
「え・・・?」
 その言葉に、ちょっとどきりとした。
「あ、ごめん。君は征子の弟くんだったね。」
 その言葉で、真っ白になりかけていた頭の中は再び現実の視界で埋め尽くされる。
「・・・あ、そうだ。」
 やっと念願の仕事が入ったのだ。一言ぐらいお祝いを言っておくべきかもしれない。そう、メールぐらいの軽いもので。
 ・・・でも、今はたぶん一生懸命仕事中だろうから、携帯宛に送るのはちょっと迷惑かもしれない。携帯メールって、電話とほとんど変わらないから。その点、PCメールは気軽に送れていいのになあ。この間メールアドレスを聞いたときに、PCメールの方も訊いておくべきだった。そう思いながら奥倉さんに声をかけてみた。
「奥倉さん。下田さんのPCメールのアドレス知りませんか?」
「知ってるけど。この間聞かなかったの?」
「携帯の方は聞いたんですけど、PCメールは聞きそびれたんです。」
「携帯じゃだめなの?」
「仕事中じゃないですか。」
「そっか。んー・・・ま、教えても問題ないよね。英哉君のPCメールのアドレス、教えてくれる?」
 僕のPCメールのアドレスを教えると奥倉さんは軽くキーボード操作をした。しばらくして、僕のPCにメールの着信通知が来た。
「あの子は結構まめだから、割と早く返信来るかもよ。」
「そうですか。ありがとうございます。」
 そう言って僕はパソコンの方を向き、エディタを起動してメール文を打ち始めた。
『仕事とれたと聞きました。おめでとう。』
 そう書いて、その後何書こうかと悩んでしまった。しばし迷った後、『手伝えることがあったら何でも言ってね』的なことだけを書いて、送信した。
「送った?」
 すぐ後ろから声がする。振り向くと、いつの間にか奥倉さんが後ろに立って、僕のパソコンの画面をのぞき込んでいた。
「・・・人のパソコンの画面をのぞき見るのはプライバシーの侵害ですよ。」
「うん、知ってる。」
「じゃあしないでくださいよ。」
「でも今のあたしは、なんだか英哉君のプライバシーを侵害してしまいたい気分なのです。」
「そういうのは自分の脳内だけで処理してください。大人なんだから。」
「自分一人じゃ処理できなぁい。」
 そう言うと奥倉さんは、顎を僕の肩に乗っけてきた。そうなると当然、頬と頬がくっつきそうなくらいに接近する。僕はその事実に気づいて、どぎまぎしてしまった。それを隠すかのように、僕は言った。
「仕事しなくていいんですか?」
 ちょっとうわずり気味の声になってしまった。
「休憩。」
「休憩ならもっといい方法がいろいろあるでしょう。」
「ストレッチ。」
「どこが。これのどこがストレッチですか。」
「ストレッチの語源って、ストップエッチの略なんだよ。知ってた?」
「んな訳ないでしょう。何が言いたいんですか。」
「疲れた。」
「・・・そうですか。じゃ、お茶でも煎れますか?」
「やだ。英哉君ちのお茶、安物なんだもの。」
「・・・そりゃまあ、お金のかからない生活を心がけている身ですから。お茶っ葉が存在するということ自体がむしろ奇跡的なんですけどね。」
「そんなこと威張られてもねえ。」
 そういうと奥倉さんは、ようやく顎を肩からどけてくれた。
「しょうがない。買い出しにでも行くか。」
「そうですか。行ってらっしゃい。」
「・・・え゛〜〜〜〜〜!?」
 信じられない、といった表情で、奥倉さんがこっちを見ている。僕の答えはどうやら不正解だったらしい。
「わかりましたよ。一緒に行きます。これで正解ですか?」
「うーん、満点じゃないけどね。70点。」
「じゃあどういえば満点なんですか。」
「教えなーい。」
 そう言いつつ、奥倉さんは玄関に行って靴をはき始めた。そして扉を開けて外に出て行った。僕もすぐに後を追って、靴を履いて外に出た。
 
 
 近所のスーパーまで、二人で並んで歩く。道すがら、いろんな話をした。ふと、奥倉さんが話を切り出してくる。
「とりあえずさあ。」
「?」
「あんた、未だにあたしらのこと苗字で呼ぶでしょ。それ、よくないと思うんだな。だって、家族同士で苗字で呼び合うなんて、それってやっぱり異常な状態だと思う訳よ。征子を姉にしようともくろんでいる英哉君としては、やっぱりここはあたしらのことを名前で呼ぶか愛称で呼ぶか、どっちかにすべきだと思うのよ。」
「はあ、そうですね、魔法少女有香さん。」
「・・・なにそれ。何の嫌がらせ?」
「今愛称で呼べと言ったばかりじゃないですか。それとも、大根ムーン有香さんの方がいいですか?」
「・・・それ、相性じゃなくて単なるあだ名じゃん。しかもちょっといじめ入った。」
 先日の一件が少しは記憶に残っているのか、奥倉さんは少しむっとした表情をする。
「でまあ。あたしは有香でいいとしてだ。」
「それで決定なんですか?」
「決定。」
「前後に何かつけちゃだめですか?」
「だめ。余分なものなど何もない、天然素材のあたしを楽しんで欲しいの。」
「・・・天然なんですか?」
「あたしが天然? 何言うてんねん!」
「・・・。」
「えっと・・・。ま、それはおいといてだね。」
 有香さんは頭の上に「汗」という文字でも出そうな表情で、話題を切り返した。
「英哉君は、ひょっとして天然系の女の子が好きかなあ、とか。そんな風に思って。」
「何でそう思うんですか?」
「なんとなく。思いついただけ。」
「根拠なし、ですか・・・。」
「うんっ。」
 まるで邪気の無い。そう思わせるような笑顔で、有香さんは返してきた。そうまではっきりとされると、こちらとしてもそれ以上は何も言えなくなる。
「で。そうすると、英哉君の好きなタイプは、どんな子なのかな?」
「え?」
「やっぱり征子みたいなタイプ? あ、でも征子は『お姉さん』なのよね。じゃ違うのかな?」
「それは・・・。」
「て言うか。ちょっと疑問なんだけど。」
「?」
「英哉君は、『お姉さんみたいな恋人』が欲しいのか、それとも、『恋人みたいなお姉さん』が欲しいのか、どっちなのかな?」
「・・・。」
 何気ないその一言が、何故か僕の心に重く響いた。どうなんだろう。そんなこと、今まで考えたこともなかったけど。そう、僕はずっと、「姉」という存在を追い求めてきたはずだ。あの日以来、ずっと。そのセオリーからすれば、当然答えは決まっている。どんな形であれ「姉」が欲しいはず、なのだ。
 でも、それを即答できない自分がいた。どうしてなんだろう。ついこの間までなら、僕はきっと即答できていたはずなのに。
「・・・ごめん、そんなに悩むと思わなかった。」
「え・・・?」
 有香さんの言葉で我に返る。すっかり自分の中だけで考え込んでしまって言葉を失ってしまっている僕が、そこにはいた。
「そっか。その答えすらまだ出てないんだね、きっと。」
「・・・。」
「うん、まあそんなに悩むことはないよ。・・・いや、こういうのはむしろ悩んだ方がいいのかな。悩んで悩んで苦しみ抜いて、そして答えを見つけていくものだとあたしは思うから。」
「そう・・・ですね。」
 今は、そうとしか返答を返せなかった。
 
 
 
 
 家に帰り、エコバッグを開けて買ったものを取り出す。やかんに火をかけお茶を煎れる準備をしようとすると、有香さんが言った。
「あんたじゃどうせ、ちゃんとした煎れ方知らないでしょう?」
「・・・まあ、そうですね。」
「だったらあたしがやる。テーブルの片付けでもしておいて。」
 そう言われたので、奥に引っ込んでそっちの準備をすることにした。ふと、パソコンのメールチェックアイコンが「受信」状態になっていることに気づく。メーラーを立ち上げると、送り主は征子さんだった。
『あなたが第1号じゃなくて残念だったわね! ・・・でも、ありがとう』
 そんな趣旨だった。
 
 
 
(続く)
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