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2011年

 
 HAL9000が反乱を起こして10年、人類は未だに愚かなままだ。
 
 三乗諏給(さんじょう・すたり)は悩んでいた。人類を如何にして革新させるか、それは彼にとって10年来の課題であった。多くの現代人が春機発動期や第二次性徴を迎える時期に、彼の脳細胞はそれ以外の何かを発動させてしまっていた。
「細胞はミトコンドリアを取り込んだことで自らに大きなエネルギー革命をもたらすことに成功した。進化の過程で、外部要素を取り込むことは極めて有効な手段となり得る。だが、このミトコンドリアを有効利用していない細胞体が人体にはいくつか存在する。脳細胞もその一つだ。故に脳細胞は、極めて原始的で非効率なエネルギー獲得手段しか持ち合わせていない。精密性との引き替えとは言え、人体統御体である脳が1系統のエネルギー経路しか持ち合わせていないことは、セーフティネットの観点からも大変よろしくない。解決法としては、脳に別系統即ちATPによるエネルギー伝達手段を提供するか、全く別エネルギー系統で駆動する脳のバックアップ機関を設けるかだ。脳をATPで駆動させることが出来れば、そのメリットは計り知れない。例えば女子中高生が、おかしなダイエットで体を壊すよりも、脳でエネルギーを消耗させるべく勉学に励むようになるだろう。最も、彼女らが好む甘味の大半は糖質で占められているから、現在でも脳でエネルギー消費を試みることは不可能ではないのだが」
 そこまで語りきったところで、諏給はさりげなく2階にある自分の部屋の窓から外を見た。近所のおじさんが犬の散歩をしていた。特に怪しい人影はない、そう判断した後、諏給は再び語り始めた。
「だが、そもそも何故脳がATPを消費できないかといえば、それは物理空間的制約に基づくものなのだ。頭蓋骨、この大きさに一定の制約があり、脳細胞の全てがこの中に収納されねばならないという条件がある為に、脳はエネルギー効率を犠牲にしてでも精密構造による細胞数の増大という選択肢を取らざるを得なかったのだ。脳細胞の基本設計がこれを前提にしてしまっている以上、ATPによる脳駆動は現実的ではない。とすれば執りうる手段はもう一方の、別機関の取り込みだ。だがまず、それを細胞内部結合によって行うのか外部結合によって行うのか。それが重要な問題だ」
 諏給はもう一度窓の外を見た。隣に住む女子小学生が幼稚園児二人を引き連れて闊歩している。大した問題ではない、そう判断して、諏給は行動に出た。
「この問題を解決すべく、私はこれから大阪市立大学に行かねばならぬ。くれぐれも邪魔するなかれ!」
 そう叫んで、諏給はいつも手元に置いている荷物入れを手にし、部屋を飛び出し、階段を一気に駆け下りた。
 このまま玄関には直行せず、裏口に回る。諏給の脳内ナビがそう告げたところで、進路は突然狂わされた。暗転、方向不定。このままプラン続行を強行すれば不正な処理が続発する危険性がある為一旦脳の自己リセットを推奨する。諏給の脳内に駆け巡る日本語の言い回しはともかく、彼の次の行動自体は正しいものだった。彼は大きく深呼吸し、まず状況の把握に努めた。
 
 1階の階段の入り口で、諏給は2人の少女に取り押さえられていた。
 ああ、またこいつらか、と諏給は溜息をついた。いつもいつも、24時間365日とまでは行かなくとも労働基準法に定める労働時間の範囲程度には諏給を監視し続けている同い年の少女3人組、そのうちの2人だ。
「って、ちょっと待て」
 ここは諏給の家、三乗家の家屋内である。そしてこの2人の姓は沖貝と柳作。もちろん、血の繋がっていない妹とか、幼なじみで両親が海外赴任でどうたらで一つ屋根の下、というわけではない。
「お前ら、不法侵入だぞ」
「いいえ、あなたのお母様の了解を取って家の中に入っています」
 諏給の上半身を取り押さえている沖貝統子(おきがい・もとこ)が、そう返答した。下半身を押さえているのは柳作一枝(ゆうさく・かずえ)。とするともう1人、この三乗諏給監視網のリーダー格である氷見紗綾(ひみ・さや)が、どこかにいるはずだ。氷見家は三乗家のはす向かいに住むご近所さんで、紗綾は諏給の母親の信頼も厚い。頼めば家に上げてくれることなど、容易に想像できたはずだった。
「抜かったわ…」
 そういいつつ、諏給は周りを見渡した。その当の本人である、紗綾がいない。その意図を見抜いたのか、統子が携帯を取りだし、電話をかける。
「紗綾? 諏給は取り押さえたよ。当初計画通り、階段の下。うん、説明を求めるって顔してるからすぐ来て」
 そう言うと、統子は携帯の通話を切った。
「勝手な事言うな。説明なんか求めていない。今すぐ放せ。それが要求だ」
 さっきから変なところを触ろうとしている一枝の手を払いながら、諏給は統子に訴えかけた。
「一度取り押さえた獲物を逃がすほど、アタシは甘くは無いのよ」
「その取り押さえるという時点で間違っている。今すぐ放せ。解放しろ。中国人民解放軍を呼ぶぞ」
「お生憎様。あたし達は一日百円で雇われてるの。今あんたを放したら契約違反になるのよ。中国共産党も法契約は無視できないわ」
「何て安い女なんだ君たちは」
「言ってくれるじゃ無いの」
 そう言って統子は諏給の頭を締め付けた。諏給は放せとわめいたが、統子がさりげなく締めるポイントを頭のツボである懸顱に沿わせていることには気づいていなかった。統子なりの優しさ、と言えなくもなかった。
「あ、紗綾」
 一枝の声に諏給と統子が上を見上げると、そこには氷見紗綾が立っていた。
「おい、紗綾。これはどういう」
 諏給が訊き終える前に、紗綾は諏給の手を取って引っ張り上げた。統子と一枝の2人は、それに会わせて自然に諏給から離れた。
「こっちにいらっしゃい。お説教よ」
 
 
 
 
 諏給は昔から問題児だった。悪ガキ、というよりは想定外のことばかりする、という意味で、大人達も少々手を焼いていた。
 諏給達の通う小学校は、集団登下校制をとっていた。近所の小学生数人が集まって、上級生、普通は6年生がリーダーとして下級生を引率して登下校する、というシステムである。諏給の扱いに手を焼いた教師達は、この集団登下校グループに目を付け、「子供のことは子供同士で」という大義名分の元、諏給の扱いをグループリーダーに任せてしまった。
 当初は、諏給が所属する男子児童グループのリーダーである6年生がこの任に当たっていた。だが、上級生といっても所詮は小学生である。大人以上に諏給の扱いに手を焼き、仕舞いには面倒見を放棄する、という事態になってしまった。
 この事態に激怒したのが、諏給の近所に住む、女子登下校グループのリーダーだった。彼女は男子リーダーを激しく叱りつけ、らちがあかないと判断すると、今後諏給は女子グループで面倒を見ると言い放ち、実際そうしてしまった。
 実際彼女は諏給の面倒をよく見、諏給も彼女のいう事だけはよくきくようになった。
 だが。問題があった。彼女は6年生だった為、1年足らずで卒業してしまった。集団登下校制は小学校のみの制度だった為、彼女はグループからははずれ、当然リーダーでも無くなった。
 そこで彼女は、諏給と同学年の妹に、後任を託した。卒業式の日、諏給のことをいつも見ていてあげて、と妹に説き伏せる姿を、諏給もよく覚えている。
 その妹というのが、氷見紗綾である。
 
 紗綾は真面目な子だった。そして姉のことを尊敬していた。だから、姉の頼みは絶対にきこうと心に決めた。だが同時に、自分は姉みたいにうまく諏給に目を配り続けることはできないとも思った。
 そこで彼女は、友人の力を借りることにした。初めは同じ登下校グループや仲良しの友達を頼りに、諏給を監視する為のネットワークを徐々に構築していったのだった。その中には、統子や一枝も含まれていた。諏給や紗綾が小学校を卒業する直前には、その規模は全小6女子の約9割が参加するまでの規模に膨れあがっていた。
 
 だが、中学に入るとその監視ネットワークの規模は徐々にしぼんでいった。彼女らの大半にとって、監視ネットワークへの参加は単なる遊びであり、中学生になって趣味嗜好が変わったり新しい遊びを覚えたりした者は、どんどん抜けていった。高校に進学し通学先がばらばらになると、その傾向はさらに加速した。
 
 それでも、高3の夏である現在に至るまで、紗綾・統子・一枝の3人は、諏給への監視を続けていた。小学生以来の仲良し女子3人組の関係が今も続いている、といえば聞こえはいいが、諏給にとっては少々迷惑な話だった。
 
 
 
「だから、君たちもそろそろ、こんな馬鹿な真似はやめたまえ」
「何を言ってるの?」
 紗綾が真っ直ぐに、諏給の目を見つめながら問い返してくる。
「諏給が馬鹿なことして危ない目に遭わないように、私達は見張っているんだよ? 諏給だって知っているでしょう? 諏給のことずっと見ているようにって、私はお姉ちゃんから言われてるの」
 それが自分の義務である、そう信じて疑わない眼差しで、紗綾は諏給をじっと見つめた。諏給は救いを求めるように、他の2人を見た。統子は諦めな、という表情で手を振った。一枝はしきりに「おしおき、おしおき」と口にしていて、最初から当てになりそうにない。
 自力で説得するしかない。そう腹をくくって、諏給は話し始めた。
「その話って、もう10年以上も前の話だろ? とっくに時効というか、奈宜さんだってとっくに忘れてるだろ?」
 奈宜というのは紗綾の姉、諏給の面倒を見ていた女子リーダーのことである。
「お姉ちゃんはちゃんと覚えてるわよ。毎日報告してるもの」
 報告してんのかよ、しかも毎日。諏給は心の中で舌打ちした。
「とにかく。俺たちもう、受験生だぞ。こんな事してていいのかよ。奈宜さんだってさすがにここまで要求してないと思うぞ」
「じゃあ諏給は何をしようとしてたの? まさか本当に大阪市立大学に行こうとしてたわけ?」
「大阪市立大学? 諏給そこ受けるの?」
「済みません、あれはただのフェイクです。というかやっぱり盗聴してましたね」
「一体どんなフェイクなんだか…」
「諏給が隠し事するから、仕方ないでしょう。昔は何でも話してくれたのに…」
 そういえば、昔はウザがりつつも何でも話してたな、と諏給は過去を思い返していた。
「わかった、じゃあ正直に話そう。自分は今から産廃処理場に行くつもりだ」
「また?」
「あそこは危ないから行っちゃ駄目って言ってるでしょう。だいたいあそこは部外者立入禁止よ」
「既に施設の人とは顔なじみだ。貯まる一方の廃棄物を再利用してくれるならということで、黙認して貰っている」
「だからって…」
「じゃ、説明責任は果たしたという事で。自分は出かけるから、留守番よろしく」
 諏給は立ち上がり歩き出そうとしたところで、一枝に足首を捕まれて、盛大にこけた。
「駄目。紗綾はいいって言ってない」
「許可が必要なのか?」
「必要です。当然です。私達の聖書にはそう書いてあります」
「その聖書では黙示録は何になってるんだ?」
「絶対運命黙示録」
「付き合ってられません、さよなら」
 起き上がろうとした諏給の上から、一枝が覆い被さるように押さえつけてきた。
「おとなしくしな小僧、さもないと首筋にこのスタンガンみたいなものを押し当てるぜ」
「この間の深夜通販で扱ってた小型簡易マッサージ機ですね、わかります」
「あれ、買ったんだ…」
「NASAが開発した技術を使ってるんだよ」
「NASA! そう、NASAだよ!」
 諏給は一枝の手首を掴んで、言った。
「自分たちの力で、NASAを超えてみないか!?」
「歴史上NASAを超えたことがあるのは今は亡きソ連だけだけど?」
「そもそもNASAの仕事は宇宙開発なわけだけど、あんたは宇宙にでも行きたいわけ?」
「いいえ、ただ人類を革新させたいだけです」
「さらりと言ってるけど、宇宙開発以上にとんでもない事言ってるからねアンタ」
「夢は大きく」
「アンタのは夢じゃない。ただの危険思想だ」
「危険思想として弾圧された中世の地動説論者が後世の宇宙科学の発展に大きく寄与したことは有名な話です」
「はぁ…」
 紗綾が大きく溜息をついて、そして言った。
「わかった。じゃあ、今日一日だけは、諏給の危険思想に付き合ってあげる」
「いえ、自分一人で十分です」
「駄目。何度も言うけど、私はあなたのことちゃんと見ていてあげないといけないんだから」
「しょうが無いな…。じゃあアタシも行くよ」
「おしおきは?」
 まだ諏給の上にの狩ったままの一枝が、指を口にくわえるような仕草で問いかける。
「今日は必要無し」
「え〜」
「行動を黙認した以上、必要ありません」
「やだやだやだ! おしおきしたいいじめたいいたづらしたい拷問したい!」
 おもちゃ売り場で駄々をこねる子供のごとく、一枝が暴れ出した。おかげで諏給は、数発くらいながらも束縛から脱出することが出来た。
「こらこら、そんな幼児みたいな暴れ方すると、見えるぞ」
「何が!」
「いやその、普段は見えない布の一種?」
「ぱんつじゃないからはずかしくないもん!」
「いいえ、今のはどう見てもぱんつです」
「困った子ね…。諏給、罰として一枝のパンツを見なさい」
「は!?」
「何それ。私のぱんつは刑罰レベルの代物だとでも言うの?」
 起き上がって這いずりながら涙声で訴えかけてくる一枝。諏給はどう声をかけたものか本気で迷い、言葉が出なかった。
「はあ…。一枝の精神年齢は諏給並ね」
「ちょっと待て。自分の精神年齢は14歳だぞ。こんな小学生みたいなやつと同レベルにされてたまるか」
「自ら精神年齢14歳とかほざいてる時点で、小学生並なのよ」
「小学生、ね」
 紗綾が少しだけ遠い目をしたことに、他の3人は気づいていなかった。
 
 
 
 
 産廃処理場で、諏給は本当に顔パスだった。職員のおじさんにきさくに声をかけられるほどだった。
 産廃処理場らしく、使い物にならなそうなものが山積していた。
「ここが大阪府立大学ねえ」
「え? 大阪市立大学でしょ?」
「いや、そのネタもういいから。本当に口から出任せ言っただけだから」
 そう言いつつ、辺りを物色する諏給。
「使えるもの、あるの? こんな所に」
「昔は結構あったんだよ。最近は使えるものは選別して中国に輸出して、その残りがこういう所に持ち込まれるから、滅多に見つからないけど」
「本当の意味の廃棄物しかないってわけね」
「廃棄物13号とか潜んでないかな?」
「潜んでたらあたし達、命無いからね」
 諏給と一緒になって辺りを物色し始めた一枝、その二人を見ながら、統子は紗綾に話しかけた。
「何か心境の変化でもあった?」
「…どうして?」
「いや、別に。ただ、今日はなんか、あんまり過保護じゃ無いなって思って」
「過保護。そっか、過保護か…」
 紗綾の視線は諏給に向いていた。統子はそれを気づかれないように横目で見ながら心の中で溜息をついた。
「ねー! こんなのがあったよー!」
 一枝が大声を出す。3人が一枝の元に駆け寄った。
「ね。これ、なんかすごくない?」
「凄いというか、これって…」
 それは、人の背丈よりも少し大きい高さのある、真っ黒で石のような物で出来た柱だった。
「これって、もしかしてモノ」
「いいえ、これは墓石です」
 統子が言い放つ。
「だって、墓石ってこんな形してないし、それにこの見た事無い材質…」
「ねえ、何か底に穴があるよ?」
 一枝の指摘で全員が底をのぞき込む。そこには、いかにも中空をくり抜いたとおぼしき穴が開いていた。
「…意味不明ね」
「テレビ局かどっかで作ったレプリカとか?」
「中の電磁波を計測する必要があるな」
「ねえ」
 紗綾が口を開いた。
「これ。タイムカプセルに使えないかな?」
「はあ?」
「タイムカプセルって。そりゃ使えないことはないだろうけど」
「というか、どうしたの急に」
「…ううん。何か、今ふっと思いついちゃった。ごめんね、気にしないで」
「いや、いいんじゃないかな、タイムカプセル。何か丈夫そうだし」
「どのみち今の我々の科学力では、この物体を解析することは難しそうだしな」
「蓋がいるよねえ」
「でも、どこに埋めるの?」
「この敷地内のどっかでいいんじゃないか? 元々ここにあったものだし」
「場所、わかんなくなるよ?」
「わかりやすそうな場所に埋められないか、交渉してみようよ。諏給、おいで」
「ちょ、お前…。まあ、いいけどさ…」
 一枝と諏給が事務所の方に走っていく姿を紗綾と統子の二人は見送っていた。
「何を埋めるの?」
「決めてない」
「何それ」
「ごめんね、言い出したくせに」
「ま、いいって。決めてないのはアタシも一緒だし。…時間はまだ、もう少しあるわけだし」
 2011年8月。高校3年生の夏休みが終わろうとしていた。
 
 
 
 
 
 結局、タイムカプセルを埋めることになったのは、それから半年以上経った卒業式の翌週のことだった。
「…結局みんな、進路未定、というか浪人ね」
「約1名を除いてね」
「集団監視などと馬鹿なことにうつつを抜かしておるからこういう結果を招くのだ」
「あんたがさっさと馬鹿なことをやめてくれていれば、こういう結果にはならなかったのよ。来月からも引き続き同じ学校に通う諏給君」
「何を言うか。僕は僕なりに人類革新の理想を実現する為に最適な行動を模索してきたまでだ」
「はいはい。今まで邪魔して悪うござんした」
「とは言え、この半年はそんなに邪魔が入らなかったように思うが」
「邪魔する必要が減った、といったところかしらね」
 ふふ、と、紗綾は少しだけ笑った。
「で、一枝は、東京の大学へ行くのよね」
「そう。オラ東京さ行くだ!」
「大阪じゃ無くて?」
「そのネタもういいって。何で覚えてるんだよ」
 4人でひとしきり笑いあった後、統子が口を開いた。
「…ところで。私達、これからも諏給の監視を続けるの?」
「できればやめて頂きたい」
 そうはいかない、という返答を予想していた諏給であった。が、紗綾は、その時ばかりは数秒押し黙ってしまった。そして、暫し考えた後、彼女は返答した。
「…そうね。私達もいい歳なんだし、いい加減監視なんて子供じみたことは卒業するべきなのかもね」
「子供じみてるの? 監視って子供じみてるの?」
「散々諏給の事を子供扱いしてきたけど…。結局私達も同レベルだったって事ね」
「だがそれに気づいたとき、人は大きく成長するものなのだよ」
「じゃあ。集団監視体制は今日で終了、って事でいいのね」
「そうね」
「じゃあさ…」
 統子が3人に背を向けて、そして続けた。
「これからは、私が一人で、諏給の監視を続けていい?」
「え…」
 一瞬の沈黙の後、紗綾が言葉を返した。
「それは…誰に訊いてるの?」
「全員。一応」
「…だったら。だったらそれは、諏給が答えるべき事で、私が答えるべき事じゃない、と私は思う」
「いいの? その答えでいいの?」
 再び振り返った統子が紗綾を見た。紗綾は目を逸らした。
「これは諏給君、選択を迫られているね。ちなみに、第3の選択肢というのも残されているのだよ?」
 一枝の言葉を耳に入れながら、それでも諏給は、すぐに言葉を発することが出来なかった。
 目印を兼ねて派手に作られたタイムカプセルの蓋が、夕陽を浴びて明るく輝いていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 12年後。
 
 4人は、タイムカプセルを埋めた、かつて産廃処理場だった場所に立っていた。正確には、4人にもう一人、加わっていた。
「幾つ?」
「4てん25さい!」
「…どういう教え方してるの?」
 想定外の歳の答えられ方をされた紗綾は苦笑した。
「いや、少なくとも小数を教えた覚えは無いんだが…」
「どうだか」
「でも、この歳でもう字が読めるのよ。だから何かの本で覚えたのかしら?」
 子供を抱きかかえた統子が、慈しむような目で見ながら続けた。
「今からこんな調子だと、変な期待をしてしまいそうで怖いわ」
「そうね。神童は大成しない、というのが今の定説だし」
 一枝は長くなった髪をかき上げながら子供の顔をのぞき込んだ。
「でもそれは普通に育ててしまうからじゃないかしら? 想定の範囲内で育てたら、想定通りの人間にしか育たないわ」
「そうね。…想定外の行動をする諏給を監視し続けた私達が言えた台詞じゃ無いけど」
「おかげさまで普通の人間になっちまいましたよ」
「普通、ねえ…」
 くすくす、と統子が笑った。
「結局私が、一番『普通』じゃない道を歩んじゃってるわね」
「…今年やっと卒業なんだっけ?」
「大学院だから、卒業じゃ無くて修了。ま、追い出される、ってのが正確な表現なんだけどね」
 紗綾はあの後、何を思ったか突如医学部に志望を変更し、3浪したものの結局医学部には入れず、理学部に進んだものの就職が厳しいからという理由で大学院に進み、博士課程まで居残ったものの、それも今年で修了、という状態だった。
「よく親が許してくれたよな」
「親は怒ったけど…姉さんが、ね。学費も姉さんが出してくれたようなものだし」
「奈宜さんか。今どうしてるの?」
「結婚して子供も出来てそれでもバリバリ働いてるわよ」
「そっか」
「そうそう、あの頃の一日百円の日当も、奈宜さんが出してくれてたんだよね。私あれ全部貯金してたんだけど、学生の時はそれにずいぶん助けられた」
「東京の一人暮らしは大変だものねえ」
「って、あの一日百円って、本当に出てたのかよ」
「いつかお返ししないとね、諏給」
「いや、俺貰ってないし」
 でも、と諏給は続けた。
「奈宜さんへのお礼はしたいな。もう20年以上会ってないけど」
「私達だって、10年近くぶりだものねえ」
 あの日適当に埋めたタイムカプセルは、少なくとも外見上は何も代わらないまま、彼らの目の前にあった。
 彼らが掘り起こしたわけではない。その後利用停止になった産廃処分場が都市鉱山の調査対象に選ばれ、サンプリング調査として掘り起こした結果、このタイムカプセルが出てきた。外観から誰かの所有物である可能性がある為写真が撮られ、県の担当課に廻ってきたところを、総務省から出向して課長職にいた一枝が発見したのだった。
「一枝が連絡してこなかったら、ずっと忘れてるところだったわね」
「そうね」
 一枝は少しだけ上を見上げ、そして振り返って言った。
「感謝したまへいっ! う゛いっ!」
「よかった…。少し、昔の面影が見えたわ」
「…ちょっと作りものだけどね」
 照れるようにうつむく一枝。その肩越しに、諏給と統子の子供がタイムカプセルに手を伸ばそうと身を乗り出していた。
「おっと、あぶないあぶない」
 紗綾が子供の頭を抱きかかえる。そして、頭を撫でながら、少し怪訝そうな表情を見せた。それを見て、統子が言った。
「…見た目じゃわからないけど、頭の形、少し変でしょ」
「…う、うん」
「生まれてきたときからね。頭蓋骨の脳の部分が大きいのよ。骨の柔らかいうちに矯正手術することも考えたんだけど、女の子だから髪を伸ばせば見た目にはわからないし、そのままにしようって事になって」
「そう…まあ、あるがままの方がいいわよね」
「ああ。あとは、見守るしかないだろう、って事になって」
「でも。どこまで見守ったらいいのかしらね」
 見つめる4人の大人の顔を、子供は不思議そうな顔で見渡していた。
 
 
 
 
2011年5月1日執筆
第29回ぷちSS祭りにて先行発表、MVP受賞
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