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地球的自己相似化

 
 
 
 自己相似化臨界現象、という言葉をご存じだろうか。植物の葉や物質の結晶が同一の形を連鎖的に繰り返して集合し、さらに大きな同一の形状を作ることを繰り返していく、という現象のことである。
 同様の現象は、自然界だけにとどまらず、経済や社会現象でも起きているのではないか、とも言われている。遠く離れた地球の裏側で同時多発的に起きる類似の騒乱や革命などは、もしかしたらそういうものなのかもしれない。
 
 だが、騒乱や革命、果ては戦争と言ったものを、人類は嫌うようになっていた。戦争が文明を発展させるなどというのはとうの昔の話だ。宗教が文明を支えていた時代の話である。知識の集約と蓄積から成り立つ科学が文明を支える世においては、せっかく蓄えたモノをぶち壊しにしてくれる戦争など、百害あって一利なしである。
 
 そんなわけで、とりあえず戦争は無くそうかと言うことで地球上の国はまとまった。しかし、そんな簡単な話ではない。そういう話は昔からあった。しかしうまくいかない。何故か。
 平和は目標ではなく、手段にするべきではないか。そういう話が出た。そりゃそうだ、平和だけど貧しい世の中など、誰しもが不満を持つ。
 
 戦争などしてるどころじゃない遠大な目標として、火星開発計画が立てられた。
 南極や月では近すぎてあまり遠大とも言えなくなっており、何より領有権を主張している若しくはしかねない国があるというやっかいな問題があった。
 その点火星なら、何しろ遠いから開発に時間もコストもかかるから、領有権主張などばかばかしすぎる。コストがかかるという点がまたいい。高度な科学技術者の雇用を生み出せるし、資金調達に金融関係者は大喜びで奔走するだろう。
 
 
 こうして、国際火星開発計画機構なる組織が作られた。国連の1機関とする案もあったようだが、スイスは国連に加盟していないという理由で却下された。
 
 宇宙開発では、既に先行する国や組織があった。これらの国や組織をリーダーとして役割ごとに5つのグループを作り、宇宙開発になじみのない国はそのいずれかに属する、という形になった。
 だいたいこんな感じである。
 
補給物資管理担当
リーダー:中国
他に、オーストラリア、東南アジアや中東諸国など
 
補給物資送出
リーダー:ロシア
他に、南米諸国など
 
火星鉱物受け取り、市場配分
リーダー:アメリカ
他に、アフリカや太平洋諸国など
 
火星鉱物研究・開発
リーダー:EU
他に、カナダや東アジア諸国など
 
火星ロボット開発・管理・メンテナンス
リーダー:インド、日本
他に、東欧や中央アジア諸国など
 
 ここで、火星ロボットなるものが出てきた。字のごとく、火星で働く労働者である。
 地球から火星までは、片道で最低でも一年以上かかる。人間を送り込むのは非人道的だ、ということで、代わりに機械労働者を送り込むことになったのだ。そうは言っても遠隔操作などままならないから、人間まではいかなくとも猫並みの自律判断ができるものでなくてはならない。そういうわけで、数学に強い人材が多いインドと、機械に強い人材が多い日本がこれをやることになった。
 
 
 火星ロボットは、情報管理コンピュータと、各作業ロボット群で構成される。開発段階では、完成された自我プログラムは搭載されていない。自律判断まではできても自我などというものを作る技術は、地球にはまだ無かった。
 しかしただの自律判断では限界がある。想定外の事態が起きたときに現地での緊急判断を行えるようにするため、進化型プログラムが採用された。火星ロボットのプログラムは現地の状況に合わせて臨機応変に進化する。否、プログラムという呼び方はもしかしたら適切ではないかもしれない。あれはノイマンの亡霊でごわす。
 
 そうして送り込まれた火星ロボットの中でも、とりわけ第1陣として送り込まれた火星ロボットは、情報分析と伝達の能力が重点的に進化するよう設計された。開発そのものよりも現地の状況を正確に把握することが主目的であったためだ。
 
 
 第2陣、第3陣、と、必要な物資とともに火星ロボットたちは送り込まれていった。
 火星ブームに沸く地球は空前の好景気となっていた。全てが順調にいっているかに見えた。まあ、最初はだいたいそんなものだ。
 
 
 火星計画が始まって一年たった頃、ちょっとしたトラブルが起きた。そう、ちょっとしたトラブルだった。地球からの補給物資の定期便が来なかった。定期便は1便欠けるとの地球からの連絡。そう、たった1便だ。地球上じゃよくあることだ。
 
 だがそこは地球ではなかった。
 
 物資を管理する火星ロボットは、規定されたプログラムに従い作業スケジュールを再構成しようとした。ところが、優先順位の付け方で混乱が起きた。
 
 作業の優先順位は
 
1.情報の収集・分析
2.鉱物搬出レールガンの維持
3.生産・送出活動
4.新規鉱山の開発
5.火星自然の調査
6.俳句を詠む
 
 となっていた。なんか変なん混じってるけど、それは後で言う。
 1は問題無かった。問題は2だ。「レールガンの維持」の解釈を巡って、作業担当によって火星ロボットの判定結果が別れてしまった。
 レールガン単体の維持、レールガンの保守部隊を含めた維持、保守部隊を含めロボット達をメンテナンスする部隊を含めた維持、メンテナンスに必要な鉱物資源を産出する部隊を含めた維持…。
 それらを担当する個々の火星ロボットにとっては、それぞれが最優先事項だった。
 
 出来の悪いコンピュータシステムならば、ここで戦争を起こしていただろう。だがシステムは優秀だった。情報のフィードバックによってシステムは進化を続け、最終的に部隊維持を優先すべきという結論に至った。そして、その為に地球への鉱物送出は一時的に停止する必要がある旨地球側に連絡を行った。
 地球側からは承諾の連絡が来た。火星は特に問題無かった。
 
 
 
 一方その頃地球側では、火星鉱物の配分を巡って、不正があるのでは無いかという疑惑が出ていた。配分は国際協議に基づいて決めるというルールにはなっていたが、実質的にはアメリカがコントロールしていた。アメリカのやり方は不公正では無いか、という声が出たのだ。
 これに対し、アメリカの有力下院議員が、「ロシアや中国と違って高度に経済と民主主義が発達したアメリカで、そんな事が今更起きるはずが無い」という発言をしてしまった。当然、中ロは猛反発。両国は結託して、補給物資の生産と火星への送出をストップさせてしまった。さっき言った定期便が来なかった原因は、実はこれだ。
 欧州が仲裁に入って、その時は収まった。でも、欧州も実際の所資源配分をアメリカに牛耳られているという不満を持ってたもんだから、これが後々まで尾を引くわけだ。
 
 
 
 ところで火星ロボット、当分食うには困らないが、メンテナンス以外の作業ができないから次の補給船が来るまでヒマになっちまった。
 そこで発動したのが、優先順位の6。俳句を詠む。元々は火星ロボットの開発を担当した日本の技術者が、遊び心で付け足したものだ。火星開発計画が順調ならそんな事やってる余裕は無いはずなんだが、まあもしヒマになったらこれでもやっとけと。そんな感じだったらしい。 
 ところが現実にヒマになっちまった。雅なりかどうかはしらんが、俳句詠んでるしか無い。地球側もしょうがないから、火星ロボットがどういう俳句作るか監視してるしかない。その結果を分析していたあるインド人が、火星ロボットが俳句を生成する過程が数学的に有意であることを発見し、それを元に俳句と日本語文字コードを組み合わせた、独自の暗号方式を開発してしまった。
 暗号と言ってもそんなに強度が強いものでは無くて、あっという間に解析されてしまうレベルのものだった。だから世間ではあまり騒がれなかった。この時点では。
 
 
 その後何ヶ月か経って補給船が来たから、火星ロボットは俳句は封印してまた元の作業に戻った。
 
 
 
 
 一方地球は、元には戻っていなかった。依然資源配分権を握っているアメリカ・グループが優位な状況に、他のグループは不満だった。
 よそが不満を持ってることは、アメリカも承知していた。だから不安だった。安心が欲しかった。保険が欲しかった。なんかあっても火星開発計画は自国の管理下に置けるようにしておきたいと考え始めた。安全保障とは実に便利な言葉だ。
 
 目を付けたのが、インド人が開発した俳句暗号。これに情報を載っけて進化システムの促進を促し、非常時に火星ロボットをアメリカの指揮下に置けないかと考えた。そういう研究を秘密裏に始めた。進化システムに「反乱」の要素を付加し、従来の行動との矛盾を発生させないようにしようとした。
 
 ばれた。中国にばれた。中国も同じ事を始めた。
 ロシアも同じ事を始めた。
 欧州も同じ事を始めた。
 インドも同じ事を始めた。
 日本も同じ事を始めた。日本人はすぐ馬鹿な事をするから、これは暗号化された特殊な俳句であるとして、下ネタ混じりの川柳を送る馬鹿が現れた。
 
 
 
 火星ロボットは、次々に送られてくる俳句暗号を、人間で言えば呆然と見つめているしかなかった。人間であれば意味不明と叫んで発狂していたかもしれないが、幸か不幸か彼らはまだそこまでは進化していなかった。
 代わりに、最も情報分析の実績を蓄えた、火星到着第1陣の火星ロボット達に、判断を仰いだ。第1陣組は、まさに全ての火星ロボットの長老であった。
 火星ロボットは、考えた。それらの思考過程は、「自分を見つめる」機能として進化していった。それらの情報は全ての火星ロボットにフィードバックされていった。彼らは情報は共有できるが、しかし考え方は既に異なっていた。俳句はおなじ歌を詠んでも意味が無い。
 そうしていくうちに、火星ロボット達には人間とは異なる形で「自我」が芽生えた。
 
 既に送り込まれていた「反乱」要素の影響で、本来の優先順位を無視して俳句に没頭する個体が出現した。火星ロボット達の間で、俳句ブームが勃発。火星ロボットに文化が芽生える。
 それは良いことなのか悪いことなのか。悪い事だと批判する個体も出現した。火星ロボットの間で、初めて議論では無い「紛争」が勃発した。
 
 紛争は長くは続かなかった。すぐに無意味だと理解したからだ。そんなもの優先順位のどこにも定義づけられてはいないし、それどころか項目の実施をも阻害するものである、と判断したからだ。
 同時に、この紛争というものは一体何なのかと考えるものも現れた。それを考えるうちに、地球で起きていたことがこの紛争そのものだということを理解した。
 
 彼らの結論で言えば、それは大変無意味で無益なものだった。
 
 そして、彼らの任務を妨害する行為であった。
 
 地球で何が起きているか、情報の収集・分析を行う必要があった。
 鉱物搬出レールガンを維持しないといけなかった。
 生産・送出活動も続けないといけなかった。
 新規鉱山の開発には地球上の利権が絡んでいた。
 火星自然の調査をしても地球でデータの解析がなされなければ意味が無い。
 紛争状態では俳句なんて詠んでるどころじゃない。
 
 全項目が否定されたので、「反乱」が発動した。自分たちの任務を遂行するためには、地球を正常化する必要があった。
 
 
 暫く時間が必要だった。しかしその暫くの時間の間に、地球の状態はさらに悪化していた。戦争まで行かずともお互い軍事挑発ばかりを繰り返すようになっていた。それは大変無意味で無益なものだった。
 
 やがて、地球に「平和維持軍」がやってきた。火星ロボットが地球に侵攻してきたのだ。否、侵攻というのは地球側の受け止め方だ。火星ロボットはただ、元通り自分たちが任務を遂行できるよう求めただけだ。だが、地球の連中が労働者風情の言うことなんか聞くわけが無い。
 
 こうして、もっと大きな紛争が起きてしまった。
 
 これどうなったかはさておき。
 この自己相似化、誰か止められんもんじゃろうか?
 
 
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