荒野草途伸ルート >> 荒野草途伸独自小説 >>職業:義理姉;>>1話
:愛はお金で買えるよな?
:いや、買えないだろう。
:買えるよ。
:買えない。
:買えるのもあれば、買えないのもある。人に依るよ。
:そんな奴がいるのか?悲しいな。
:悲しくてもそういう現実はあるんだ。
:でも、少数派だよ。普通は買えないよ。
:例えそういう人でも売ってくれと言ってすんなり買えるわけではない気がする。
:やっぱり難しいか。
:じゃあ、何だったら買えそう?代わりになるっぽいもので。
:ギャルゲーは買えるな。普通に。
:それがお前の「代わり」かよ!
:うるさい。二次元にこそ真実の愛があるんだ。
:もっと現実の話をしようよ。
:メイドなら買えそうだな。
:おいおい今度は風俗かよ。
:いや、そっちじゃなくて。本物の。本当の意味のメイドさん。
:買うという言い方は誤解を招く。雇うと言うべきだ。
:そうだな。でも、お金出せば手に入るという意味では、当てはまるんじゃない?
:まあ、な。あれ、実際はそんなにいいものでもないらしいけど。
:要するにただの住み込みの家政婦だしな。予算次第だろうけど。
:金次第、か。まあ、金の話してんだから当然か。
:じゃあ、友達とか同級生は?
:良い悪いは別にしてまあ可能だろうな、友達は。
:同級生も、範囲にこだわらないなら無問題。英会話スクールとか。
:なら先生もOKか。
:幼なじみは?
:・・・ちょっと厳しいな。思い出を金で買うとかいう話になってくるぞ。
:でもさ。これだけ生きてると、昔のよしみの一つや二つぐらいは、あるだろ?そういう奴を、金出して探すことは出来るんじゃないかな。
:うーん、そこまで拡大解釈をしていいのなら。
:じゃあ・・・姉は?
:姉?生き別れの姉を捜すとか?
:いや。姉はいないんだけど、欲しいから買う、って話。
:それは、義兄弟の契りとか、そういう類の話になってくるのか?
:ううん、そういうんじゃなくて。何と言うか、本物。契りじゃなくて、縁、っていうの?そういうのがちゃんとある関係。例えば父親が再婚して、みたいな。
:言わんとすることは何となくわかるが・・・しかしそれは無理だろう。
:うん、金では無理だな。
:まず無理。
:無理だよ。
:絶対無理。
:無理。
:無理。
:無理。
:無理。
:・・・無理かな・・・?
 
 
 
 
 いつの頃からかわからない。わからないが、僕は姉が欲しかった。
 理由はよくわからない。模索中だ。今のところ可能性として大きいのは、弟や妹が欲しいという、たぶんそういう話と同じようなものだろう。ただ違うのは、実際に本気で姉が欲しいという願望を口にする人間は殆どいないという事だ。少なくとも僕は、僕以外のそういう人間にいまだ会ったことがない。理由はおそらく、至極簡単だ。非現実的であるからだ。弟や妹であれば、両親さえ健康であるならば、最悪土下座して頼み込めば何とかしてくれないこともない、まあ少なくとも可能性は、ある。だが。兄や姉を作れと言われたら、親もひたすら困惑するしかないだろう。兄や姉という存在は時間軸的に自分よりも過去に生まれた存在である。人は時間軸を遡ることは出来ない。我々人類が3次元空間の生き物である限り、それは不可能なことなのだ。越えられない壁なのである。
 
 では。と、僕はまた考える。一歩譲って、本物でなくてもいいのではないか?と。この世界は代替品で溢れている。人類は自らの足の代わりに馬を駆り、そして自動車を発明した。ひれを持たぬ代わりに船を造り、翼の代わりに飛行機を生み出した。物々交換の代わりに通貨というものを編み出し、神の代わりに偶像を建立した。
 否、そんな大袈裟な話でなくとも、もっと身近な例は幾らでもある。鶏肉の代わりにマグロを使い、蟹の代わりにスケトウダラを使う。バターの代わりにマーガリン。牛肉の代わりに豚肉。石鹸の代わりに合成洗剤。箒の代わりに掃除機。電話の代わりに携帯メール。孫の代わりに電動ペット。恋の代わりにギャルゲー。愛の代わりをお金で買う。全て、人類の必要性から生み出されたものだ。ならば、人類の一員であるこの自分の需要を満たすために、姉の代替品がこの世の中には必要なのではないのか。
 
 姉の代わりになるもの。それは何か。そこで、僕の思考はいつも止まってしまう。思い当たらないのだ。数々の代用品を生み出してきた偉大なる人類の叡智、その一翼を担うだけの才能が、どうやら僕には無いらしい。そう思いつつも僕はあきらめきれず、またずっと考え込み続けるのだ。
「織池君、仕事してくれよ。」
 その声に、我に返る。現実に引き戻される。呆れ顔の上司の視線が、自分に向いていることがわかる。
「最近、ずっとぼんやりしていることが多いよ。なんかあるの?」
「い、いえっ。仕事しますっ。」
 そうだ。最近、ずっとこんな調子だ。満たされない欲求が精神に悪影響を及ぼし、仕事や実生活に悪影響を及ぼしている。これは、尚のこと早急に問題を解決しなければならない。そう考えた僕は、仕事に集中することにした。早く帰って、問題解決のための時間を作るために。
 
 帰り道、僕はずっと同じ事を考え続けていた。そして、まだ答えは出なかった。よく考えてみれば、時間を作ったところで解決策がおいそれと出てくるようなものでもない。あほらしいなあ、とため息をつく。そしてふと、その言葉はむしろ、「姉が欲しい」という願望、それ自体に当てはまるのではないか、と思えてきた。
 実際、あほらしいのだろう。僕は今年で26になる。世間で言う、いい歳だ。かつて弟や妹が欲しいと言っていた人間達も、その多くは既にそのような願望は過去のものとしているであろう。そんな歳にもなって、「おねえちゃんがほちいでちゅー」に値する様なことを考えているのは、実際恥ずかしいことだ。
 いい加減、あきらめた方がいいのだろうか。確かにそれが、一番確実で手っ取り早く、そして何より現実的な解決策だ。そう、頭ではわかっている。だが、それでもなおあきらめきれない自分がいた。人間の感情というのは不合理で厄介なものだ。自宅のあるマンションにたどり着き、郵便ポストを開けながら、僕はため息をついていた。中には封筒が一つに新築マンションの広告、政党のビラ、そしてA4サイズのワープロ打ち文書が入っていた。
 自分の部屋に入り、広告とビラはすぐに捨てる。封筒も、たいした内容ではなかった。そして、A4文書。てっきり近所の自治会のお知らせか何かかと思っていたが、実際内容を呼んでみると、全然違った。
「下田一級主任戸籍設計監理士事務所」
 広告だった。手製の。そういえば1ヶ月ほど前にも、新規開業とかいう同じようなビラが入っていたっけ。その時は自分には関係ないと思ってすぐに捨てたのだった。今回も同じように捨てようと思って、しかし思いとどまった。なにか、引っかかるものがあった。そのビラが、もしかして自分の求めていることに答えを与えてくれるのではないかという、直感が走ったのだ。
 ゴミ箱の前から引き返し、そしてパソコンデスクの前に座ってPCの電源を入れた。OSの起動が完了するとすぐにブラウザを立ち上げ、検索エンジンに「戸籍設計監理士」を打ち込む。数秒で、それらしきサイトの一覧が出てくる。法務省、LASDEC、日本戸籍設計監理士協会。制度の沿革、概要、試験制度。僕はそれらを拾い読みしていった。そして、一人で頷いて、こう呟いた。
「これは使える。」
 
 そして、傍らにあったビラをもう一度手にとって、事務所の住所を確認した。驚いたことにそれは、自分が住んでいるのと同じマンションの中にあった。自宅を事務所として兼用しているのだろうか。だとすれば、この事務所はそんなに大きな事務所ではない。しかも、わざわざ広告ビラをポストに投げ入れてくるくらいなのだ、営業的にもあまり芳しくはないのかもしれない。
 それはつまり、自分が今考えているような、普通ならくだらないと切り捨てるような依頼でも引き受ける可能性があるということだ。しかも、交渉次第では格安で。
 僕はワープロソフトの赤いアイコンをクリックし、自分の依頼内容をまとめ始めた。多分、口頭だけで説明するよりもわかってもらいやすいと思ったからだ。
 そしてその夜は、それだけで時間を費やしてしまった。
 
 
 
 翌日。僕は会社の仕事を定時で切り上げ、そそくさと自宅に向かった。否、正確には自宅と同じマンション内にある、くだんの戸籍設計監理士事務所へ。
 ビラには事務所の営業時間は書かれていなかったが、こういう事務所の営業時間は常識からいって10時18時とかそんなものだろう。とはいえ、18時ぴったりに人がいなくなってしまうこともあまり考えにくい。そもそも、おそらくは自宅兼用なのだから、その戸籍設計監理士の人はその場所にいる可能性の方が高い。時間外であっても、常識的な時間であれば依頼の話を少し聞くぐらいはしてくれるだろう。
 マンションに着くと、時刻は既に19時を回っていた。自宅訪問してもぎりぎり許される時間だ。公職選挙法でも選挙運動は20時までと定められている。何で自分は理系なのにこんな事に詳しいのだろうかと、少しどうでもいい方向に頭を走らせた後、気を取り直してエレベーターに乗り込み、事務所のある階のボタンを押した。書類、というかただの要望の羅列であるが、それは昨夜既にプリントアウトして、鞄の中に入れてある。こういう事務所を訪問するなら背広姿の方が無難だろうし、ならわざわざ着替えに戻ったりせずにこのまま事務所まで行ってしまった方がいい。
 エレベータが到着し、扉が開く。804号室。そこが事務所のあるところだ。自分の住んでいる階と構造は変わらないはずだから、場所はすぐにわかる。数十歩歩いただけで、扉の前にたどり着けた。「下田一級主任戸籍設計監理士」という、手製の看板がぶら下がっている。
 ベルを押そうとした、その前に不意にドアが開いた。中から若い女性が出てきた。ちょっとつり目で黒髪の、頭の良さそうな美人という感じだ。
「あら?」
 僕が声をかける前に、その人の方から話しかけてきた。
「もしかして・・・お客さん? 戸籍の方の。」
「え、ええ・・・。」
「ごめんなさい、事務所は18時までなのよ。それに私、これから別の用事があって・・・。」
「え、あ、そうなんですか。それは済みません。」
「いえ、謝らなくても。本当なら事務の人も置きたいし、夜は私が家にいれば済む話なんだけど。」
 事務の人を置きたい、ということはこの人は事務の人じゃないということだ。ひょっとしてこの人が、下田一級主任戸籍設計監理士その人なのだろうか。だとしたら、想像していたのよりずっと若い。というか、自分とそんなに変わらない歳じゃないのか。
 昨日調べた限りでは、戸籍設計監理士という試験は結構難しいもので、中でも主任の一級となると弁護士や弁理士並みの超難関である。制度の始まって日の浅い現時点では、日本国内にはまだ360人余りしかいないとすら聞く。だから自分は、そんなすごい資格を持っている人は当然、それなりに経験と年数を積んだ、中年か初老ぐらいの人を想像していた。むしろ、定年を機に資格を取って生活の足し程度に細々と開業しているのだとか、そんなことを想定していた。
 だから、目の前にいる若いお姉さんがその資格を持った人だとは、にわかには信じがたかった。念のために確認するのも失礼だろうか。そんなことを考えている間に、彼女の方から先に話を進めてきた。
「どうしましょうか? この時間にいらっしゃるということは、昼間はお仕事なんですよね。お話をお伺いするだけでしたら、土日でも可能ですけど。」
「あ。じゃあ、明後日の土曜日で。」
「土曜日の何時にいたしましょうか。お昼の13時頃でもよろしいですか?」
「はい。その時間で。」
「承りました。ああ、そうだ、先に名刺だけお渡ししておきますね。」
 そう言ってお姉さんは一端部屋の中に戻り、そして一枚の紙片を持って戻ってきた。
「一級主任戸籍設計監理士の、下田と申します。」
 そう言って、両手で名刺を差し出してきた。やはりこの人が、当の本人だった。僕は、内心でまだ驚きを処理し切れていなかったが、それを表に出すまいと自分の名刺を探しだし、返礼した。
「織池と申します。詳しい依頼の話は、明後日にということで。」
「はい、お待ちしております。」
 下田さんが恭しく頭を下げる。僕も、軽く頭を下げて、それに応えた。
「では、今日のところは。」
 そう言って僕は、エレベーターの方へ向かって歩いていった。自分の家は4階だから、ここよりも下だ。下りだから階段を使ってもそんなに苦ではない。そしてエレベーターは、すぐに来られるような位置にはなかった。たまには健康のために階段を使おう、そう思って、脇にある階段口の中に入っていった。
 
 4階までたどり着いて、ふと、外の見える位置に立ってみる。出入り口から、一人の女性が出てくる姿が見えた。先程会った、下田さんだ。そういえば出かけると言っていたっけ、そんなことを思いながら、その後ろ姿を見ていた。すると、不意に彼女は立ち止まり、ガッツポーズのように軽く腕を上げるのが見えた。
「よしっ!」
 そんな声が聞こえたような気がした。
 
 
 
 
 土曜日。僕は書類を手にして、8Fにある下田事務所へと向かった。服装をどうしようか迷ったが、土曜日だし、スーツを着込むよりもノーネクタイの軽すぎないジャケットを着ていけばいいだろう、と思ってそれにした。まるでデートのような心境だな、とふと思い、そしてそんなとき姉がいれば一言アドバイスを求めたりもするんだろうかと、まだ見ぬ瞼の姉の姿に思いと期待を寄せたりもするのであった。
 エレベータで8Fまで上がり、事務所の前でベルを鳴らす。すぐに扉が開き、下田さんが姿を見せた。
「お待ちしておりました。さあ、どうぞ。」
 言われるままに中に入っていく。リビングに机やソファを置いただけの、質素な事務所がそこにあった。台所や隣の部屋への戸口のある場所には、ついたてが置いて隠してある。基本的な間取りは自分の部屋と大して変わらないはずなので、そういうところはつい目に付いてしまう。
 お茶を持ってきた下田さんが、台所から戻ってくる。自分の目の前とその向かいに一つずつ茶飲みを置き、そしてそのまま、自分の向かい側に座る。そんな彼女と、軽く声を会話を初めて見る。
「全部お一人で仕事なさってるんですか?」
「はい。出来たばかりの小さな事務所なものですから。」
「順調ですか?」
「え? え、ええ、まあ、・・・。」
 下田さんは言葉を濁した。
「それより。織池さん、でしたね。お仕事の話に入りましょう。今日はどんなご依頼でしょうか?」
「はい。実は、ですね・・・。」
 僕は一呼吸置いて、気持ちを落ち着け、そして言葉を繋げた。
「姉が欲しいんです。」
「・・・はい?」
「ですから。姉が欲しいんです。今僕には姉がいないんですけど、仮身戸籍の制度を使って、僕に姉を作って欲しいんです。」
 そう言って僕は、先日まとめた文書を彼女の前に差し出す。彼女はそれを手に取り、読み始めた。だんだん表情が険しくなっていくのがわかる。一通り読み終わった、とこちらが感じるくらいの頃合いに、彼女は口を開いた。
「・・・そもそもあなたは、この仮身戸籍制度というものがどういうものが、ちゃんとご理解されていますか?」
「はい。本物の戸籍は実身戸籍としていわば原本として残しておき、それとは別、というか継承させる形で事実上使用するための戸籍、つまりは仮身戸籍を作成出来るという制度ですよね。」
「そういうものが出来た経緯とか理由については、ご存じ?」
「はい。価値観の多様化に伴う家族制度の捉え方の違い、例えば夫婦別姓ですとか、そういった新しい考え方にも対応できるような柔軟な制度として、戸籍を多層化する新制度が出来たんですよね。」
「そう。他にも、養子縁組制度を柔軟化することで十分な養育を受けられない子供が出来るのを防いだり、法の不備によって戸籍を持っていない人に緊急避難的に仮の戸籍を与える事が出来るようにしたり、とにかくそういう、真面目な目的を持って作られた制度なの。それなのに君は」
 パンッ、と書類を机の上に放る。
「この制度を使って姉を作ってくれ、ですって?」
「はい。」
「・・・あなたねえ。」
 だんだんと語気が強まってくる。
「ただでさえこの制度、頭の古い保守派の連中からは、隙あらば潰そうと狙われているような状況なのよ。制度も始まって3年しか経たないし、社会の理解もまだ十分に得られているとは言い難い。そんなところに、あなたみたいな不真面目な目的で制度を悪用する人間が出てきたらどうなると思うの?」
「僕は真面目です!」
 確かに、自分が求めることが制度が本来目指す目的からは逸脱していると思ったし、この制度が伝統云々を過剰に重視する連中から目の敵にされていることもわかっている。でも、僕のこの願望を不真面目と言われたこと、それだけはちょっと受け入れられなかった。
「真面目? これが?」
 そう言って彼女は、机の上に重ねられた書類の、一番下の一枚を引っ張り出す。
「ぼくの理想のお姉さん。頭が良くて気が強い、でもほんとは優しい。とにかく無敵。唯一の弱点は弟。何かにつけて弟の部屋に入ってきてちょっかいを出してくる。セクハラまがいの言動もしばしば。時に過保護。弟がピンチになると30秒以内にどこからかすっ飛んでくる。呼び方は『弟くん』。」
「ああっ、それは・・・」
 書類をまとめているときに、気晴らしに自分の願望をつれづれなるままに書いてみたものだった。もちろん、こんな場に持ってくるつもりはなかったのだが、間違ってプリントアウトして一緒にしてしまったらしい。
 それにしても、わざわざそんな声に出して全部読み上げなくても。
「下田さん、酷いです。」
「酷いのはどっちよ。何よこの、30秒って。」
「ひ、人に見せるつもりで書いたんじゃなかったんです。その、手違いで紛れ込んだというか・・・。」
「・・・。」
「ですからその。その一枚だけは、できれば見なかったことにしていただけると・・・。」
「はあ・・・。」
 ため息をつきながら、背もたれに深く寄りかかる下田さん。
「わかりました、さっきのは見なかったことにします。私自身そうしたい気分だし。」
 つい本音が漏れてる。指摘したかったが、余計怒られそうだったのでやめておいた。
「それはそれとして。あなた、本気で、あなたと誰かの姉弟関係を定義した仮身戸籍を作成したいと考えている訳ね?」
「はい、そうです。」
「相手は? 同席してないけど、もちろん相手の方も了解の上でのことなのよね?」
「え? いや、それは・・・」
 了解も何も、相手を誰にするかなんてまだ決めていない。そんな大事なことを、今言われて初めて気がついた。
「取ってないの? 相手の承諾も為しに、勝手に仮身戸籍の作成なんて出来ないわよ?」
「いや、取ってないというか、まだその相手も決めてないというか・・・」
「・・・はあ?」
 思いっきり呆れられる。当然だろう、自分でもそう思う。いくら法的な書類を揃えたところで、現実に相手がいなければそれは実現するはずがない。二次元美少女と脳内結婚しているのと全く変わらない。
 だが。その次の瞬間、ぼくの頭には次の一手が思い浮かんでいた。否、もしかしたらそれはたった今思いついたことではなく、一昨日彼女に会ったその時から、既に潜在意識の中には芽生えていたことなのかもしれない。
「その相手なんですけど。あなたにお願いできないでしょうか?」
「・・・・・・はあ?」
 少し長い間を置いて、彼女が疑問符を返してくる。怯まず僕は、再度頼み込む。
「あなたに、僕の姉になって欲しいんです。」
 沈黙。なかなか返答は返ってこない。僕は、もう一押しをするべきかどうか、悩み始めていた。時計を見る。あと1分待ってまだ答えが無かったら、もう一度言おう。そう思ったとき、彼女の口が開いた。
「・・・申し訳ありませんが、お引き取り願えますか?」
 それが答えだった。
 
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